大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 平成10年(ワ)23212号 判決

原告

ファサンタ=スリヤニ=ニラウイラ

ほか二名

被告

円子英紀

主文

一  被告は、原告ファサンタ=スリヤニ=ニラウイラに対し、二四三万四四七五円及び内金九七万五七三四円に対する平成六年三月四日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告は、原告ラヒル=ブワネカ=アルウイス=ウイラシンハ及び原告カビドウ=パラクム=アルウイス=ウイラシンハに対し、各一二一万七二三七円及び内金四八万七八六七円に対する平成六年三月四日から各完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

三  原告らのその余の請求をいずれも棄却する。

四  訴訟費用は、これを八分し、その七を原告らの負担とし、その余を被告の負担とする。

五  この判決は、原告ら勝訴の部分に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一  請求

一  被告は、原告ファサンタ=スリヤニ=ニラウイラに対し、一九八五万〇四五四円及びこれに対する平成六年三月四日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告は、原告ラヒル=ブワネカ=アルウイス=ウイラシンハ及び原告カビドウ=パラクム=アルウイス=ウイラシンハに対し、各九九二万五二二七円及びこれに対する平成六年三月四日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

第二  事案の概要

本件は、後記の交通事故によって死亡した訴外亡クララトウナ=アルウイス=ウイラシンハ(以下、「訴外人」という。)の妻子(いずれもスリランカ国籍)が、被告らに対して、訴外人の死亡による損害の賠償を求めている事案である。

一  前提となる事実

1  交通事故(以下、「本件事故」という。)の発生

(一) 発生日時 平成六年三月四日午前四時三〇分ころ

(二) 事故現場 茨城県北相馬郡守谷町立沢九九一番地の八先の路上(交差点付近、以下、「本件事故現場」という。)

(三) 加害者 普通乗用自動車(土浦五七ら一三一三、以下「加害車両」という。)を運転していた被告

(四) 被害者 原動機付自転車(守谷町あ五三八八、以下「被害車両」という。)を運転していた訴外人

(五) 事故態様 加害車両及び被害車両ともに同一方向に向かって進んでいた際に、加害車両が被害車両に接触し、被害車両が転倒した。

(六) 結果 本件事故により、訴外人は、左肺破裂、外傷性気胸、骨盤骨折等の傷害を負い、事故当日死亡した。

2  責任原因

被告は、事故当時、本件加害車両を所有し、かつ、運転していたものであるから、自動車損害賠償保障法(以下「自賠法」という。)三条に基づき、訴外人及び原告らに生じた損害を賠償する責任がある。

3  相続

原告ファサンタ=スリヤニ=ニラウイラ(以下「原告ファサンタ」という。)は訴外人の妻であり、原告ラヒル=ブワネカ=アルウイス=ウイラシンハ(以下「原告ラヒル」という。)及び原告カビドウ=パラクム=アルウイス=ウイラシンハ(以下「原告カビドウ」という。)は訴外人の子供である。

訴外人は、スリランカ民主社会主義共和国籍の外国人であり、スリランカ法(スリランカ財産相続条例)によれば、死亡者に配偶者及び子がいるときは、配偶者が二分の一を、残りの二分の一を子供が平等の割合で相続することになる。

4  損害のてん補

原告らは、平成八年六月四日に、自賠責保険から、本件事故の賠償金の一部弁済として二五八六万〇〇二〇円の支払いを受けた。

二  争点

1  過失相殺の有無・程度

(一) 被告の主張

本件事故は、加害車両が被害車両に追突したものではなく、両車両が並走時に接触して起きたものである。

それは、加害車両の左後フェンダー部分の白色塗料が削り取られている一方で、被害車両の右後フェンダー、マフラーが凹損し、右後フェンダーには加害車両の白色塗料がいることから明らかである。

このように、並走状態で両車両が接触したのは、訴外人が進路左側の歩道の外側(左側)にある空地部分を走行して来て本件事故現場の交差点に進入したためである。

仮にそうでなかったとしても、訴外人が事故直前に急激に右に進路変更したために本件事故が起きたものである。

したがって、原告には、交差点に進入時または加害車両との並走状態時の右後方または右横に対する安全確認義務を怠った過失がある。

(二) 原告の認否及び反論

訴外人に被告主張のような過失はない。

訴外人が空地を走行するというのは極めて不自然であり、そのような走行をしたとは考えられない。

被告は、被告が前方を注視していたことを前提として、事故直前まで被害車両に気が付かなったことから、訴外人が右のような走行をしたものと結論付けているが、事故直前まで被告が被害車両に気付かなかったこと自体が被告の前方不注視を根拠付けるものであり、本件事故の時間帯が午前四時三〇分ころであってみれば、被告がぼんやりとして運転していたことも十分考えられるところである。

2  損害額

原告ら主張の損害額のうち、逸失利益の額が訴状記載の金額よりも増額されているが、請求の趣旨は拡張されていないから、一部請求の形になっている。

(一) 原告らの主張

(1) 逸失利益 二八六四万三四四五円

〈1〉 訴外人は、本件事故当時、茨城県水海道市所在の訴外有限会社瀬木土木工業で、現場作業員等として働き、日当は一万二〇〇〇円で月約二五から三〇日就労していた。したがって、少なくとも月に三〇万円の収入があったものである。

訴外人は、本件事故当時四三歳であり(訴外人は一九五〇年四月二二日生)であり、死亡しなければ六七歳まで日本において就労できた。

したがって、その間の逸失利益は、生活費控除率を三〇パーセントとし、年五分の新ホフマン式で中間利息を控除して現価を求めると、三〇九五万九二四四円となる。

(計算式)

三〇×一二×(一-〇・三)×一五・四九九七=三〇九五万九二四四円

〈2〉 かりに、訴外人が在留資格のない外国人であることを考慮するとしても、三年間は日本で就労し、その後は、母国であるスリランカで就労するものとして逸失利益を算定すべきである。

訴外人の母国での収入は、月額四万ルピーであり、一〇〇円を五七ルピーと換算して年収八四万二一〇〇円となる。

したがって、訴外人の逸失利益は次のとおり、一三三九万一〇八〇円となる。

(日本での逸失利益)

三六〇万円×(一-〇・三)×二・七二三二=六八六万二四六二円

(スリランカでの逸失利益)

八四万二一〇〇円×(一-〇・三)×一一・〇七五四=六五二万八六一六円

(2) 慰謝料 三〇〇〇万円

訴外人は一家の支柱であり、原告らが、夫であり、父である訴外人を失った精神的苦痛は極めて大きく、これに対する慰謝料としては、原告ら合計で三〇〇〇万円、少なくとも二六〇〇万円とすべきである。

(3) 遅延損害金 二九一万七四八三円

前述のとおり、本件事故による損害賠償の一部として、平成八年六月四日に二五八六万〇〇二〇円が加害車両の自賠責保険から支払われている。

事故発生時から右支払いがなされるまでの右金額に対する遅延損害金は二九一万七四八三円である。

(4) 弁護士費用 四〇〇万円

第三  争点に対する判断

一  過失相殺について

1  証拠(乙第一号証の一ないし三)によれば、本件事故の発生状況について、次の事実が認められる。

(一) 本件事故現場は、片側一車線の町道(右折レーンあり)と他の町道が交差する地点であり、加害車両と被害車両とが同一方向に進行してきたことは、当事者間に争いがない。

加害車両は、本件事故により、左後ドア、左後フェンダーに凹損が生じ、左後ろフェンダー部の白色塗料が削り取られ、一方、被害車両の右後フェンダーには、加害車両と同色の白色塗料が付着していた。

したがって、加害車両の左側後部と被害車両の右側後部が接触したものと認められ、原告が主張するような、被害車両への加害車両の追突形態の事故ではないことは明らかである。

(二) 加害車両が、本件事故直前に左側に進路変更したという証拠はなく、また、被告が被害車両の存在に気が付いたのは衝突したときであることからすれば、被害車両が加害車両と並走する状態からやや右に進路変更したために加害車両と接触したものと考えるのが合理的であり、現場付近の地理的な状況から見て、被告が主張するように現場の歩道の外側の空地から本件事故現場に進入した可能性も否定できない。

2  したがって、訴外人にも、本件事故現場に進入する際に、右側の安全確認を怠った過失があると言わざるを得ず、加害車両が四輪車で、被害車両が原動機付自転車であるという車両の違いを考慮しても、三〇パーセントの過失相殺をするのが相当である。

二  損害額等について

1  逸失利益

訴外人は、就労の在留資格のない外国人であり、六七歳まで日本で仕事をして収入を得る蓋然性を肯定することはできない。

しかしながら、本件事故時から直ちに母国へ帰って就労するものと考えることも現実の日本国内における外国人の在留状況から見て現実的ではない。そこで、訴外人については、本件事故時から少なくとも三年間は日本国内で就労する蓋然性を認め、それ以後はスリランカで就労し収入を得ることができたものと認めるのが相当である。

(一) 日本での逸失利益

訴外人は、有限会社瀬木土木工業に勤務し、日給一万二〇〇〇円で、月に二五ないし三〇日稼働していたものと認められる(甲第九号証)。

したがって、少なくとも月に三〇万円(年三六〇万円)の収入があったものとして、逸失利益を算定すべきである。

その際、訴外人は妻と二人の子供がいることから、生活費控除率は三〇パーセント、年五分のライプニッツ式で中間利息を控除する。

(計算式)

三六〇万円×(一-〇・三)×二・七二三二=六八六万二四六四円

(二) スリランカでの逸失利益

甲第八号証の一、二によれば、訴外人は、スリランカにおいて、六五歳まで月当たり四万ルピーの収入を得られる蓋然性が認められるから、これを前提にスリランカにおける逸失利益を算定する。

訴外人は、死亡時四三歳であり、四六歳までの三年間は日本での就労が見込まれるから、四七歳から六五歳までの一九年間につき、月四万ルピーの収入があったものとして算定する。

(計算式)

八四万二一〇〇円×(一-〇・三)×(一三・一六三〇-二・七二三二)=六一五万三九四八円(一円未満切り捨て、以下同じ。)

(三) 逸失利益合計

以上の(一)及び(二)を合計して、逸失利益全体としては、一三〇一万六四一二円となる

2  慰謝料

被告は、スリランカにおける金銭的価値を考慮して、慰謝料を大幅に減額すべきであると主張している。

しかしながら、訴外人は、日本国内に居住し、日本国内で本件事故に遭遇したものであるから、日本人と慰謝料額を殊更別に考えるのは不相当である。

慰謝料は、被害者の精神的な苦痛を金銭的に償うものであり、精神的苦痛を個別的に金銭評価することは困難な事柄であって、また、被害者間の平等という観点から実務的には定額化が図られているところである。

この点は、被害者の逸失利益が個々人毎に算定されているのとは大きく違っている。

したがって、慰謝料の算定においては、なるべく定額化、公平という観点から、外国人であるというだけでこれを日本人と全く異なった扱いをするのは相当ではなく、慰謝料の補完的・調整的な機能から見ても、そのような扱いが好ましいものと考えられる。

また、本件において、慰謝料は、原告ら固有の損害として主張されているように見受けられるが、これは、訴外人の取得した慰謝料を相続したものと法律的に構成しても差し支えないものであるから、右のような法律的な構成の違いによって全く結論が異なることになるのは妥当ではない。

訴外人は、原告ら一家の支柱であったから、原告らの慰謝料は合計で二六〇〇万円とするのが相当である。

3  過失相殺

以上の逸失利益及び慰謝料の合計額は、三九〇一万六四一二円であるところ、前記のとおり三〇パーセントを過失相殺するから、過失相殺後の額は、二七三一万一四八八円となる。

4  損害のてん補

原告主張のとおり損害のてん補がなされたから、右金額から損害のてん補額二五八六万〇〇二〇円を控除すると、残額は一四五万一四六八円となる。

5  遅延損害金

自賠責保険から保険金を受領するまでに既に発生した損害金は、

二五八六万〇〇二〇円×〇・〇五÷三六五×六六八=二三六万六三六八円(事故時から平成七年一二月三一日まで)

二五八六万〇〇二〇円×〇・〇五÷三六六×一五六=五五万一一一五円(平成八年一月一日から同年六月四日まで)

以上の合計は、二九一万七四八三円である。

6  弁護士費用

本件事案の内容、認容額及び審理経過に照らし、本件についての弁護士費用としては、合計五〇万円を相当と認める。

7  認容額

以上により、原告らは、四八六万八九五一円及び右金額から遅延損害金分を控除した残額である一九五万一四六八円に対する本件事故日からの遅延損害金の賠償請求権を有しており、これを相続分で分けると、妻である原告ファサンタにつき二四三万四四七五円及び内金九七万五七三四円に対する遅延損害金を、子供である原告ラヒル及び原告カビドウにつき、一二一万七二三七円及び内金四八万七八六七円に対する遅延損害金を、それぞれ、請求できる。

第四  よって、原告らの請求は右の限度で理由があるから認容し、主文のとおり判決する。

(裁判官 村山浩昭)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例